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Traditions and Objects - wagashi

和菓子の歴史  ( わがしのれきし )
Lower Advanced Japanese
クリスティーン・ツェング
お茶と一緒に

お茶の菓子は、お茶の 美味 ( おい ) しさを引き立てること。さりげなく 四季折々 ( しきおりおり ) の自然の 趣 ( おもむき ) を思い起こさせるものが味わいもあり、 相応 ( ふさ ) しいものとされています。

手元 ( てもと ) に材料さえあれば、いつでも 出来立 ( できた ) てのものを 風味 ( ふうみ ) の変わらないうちに客に出します。寒いときには、温かく、暑いときには冷やすというような 工夫 ( くふう ) をします。

茶菓子は、風味に重点を置いたものとも言われます。菓子は、生きているので、味もいつも変化しています。 舌 ( した ) に感じるその味に重点を置くので、原材料の良いことと、 新鮮 ( しんせん ) さが条件になると思います。特に 生菓子 ( なまがし ) といわれる蒸し菓子類は、 干菓子 ( ひがし ) と比べ、味の変化が早いので、食べる時間を 考慮 ( こうりょ ) して手に入れる必要があります。

At Nara Park: sweets and ice creams...

七世紀、茶が到来しました。

鎌倉 ( かまくら ) 時代には、 禅僧 ( ぜんそう ) の生活に 喫茶 ( きっさ ) の習慣が 定着 ( ていちゃく ) し、中でも、点心と呼ばれる簡単な食事は 後 ( のち ) のおやつになったそうです。点心のひとつに、 羊羹 ( ようかん ) の字にある「羹」があります。羹とは、本来は羊の肉を煮た 汁 ( しる ) らしいですが、日本では、肉などの形だけを取り入れ、 穀物 ( こくもつ ) などで作った蒸し物で 見立 ( みた ) てたとのことです。

室町 ( むろまち ) 時代に入ると武士の精神と 禅宗 ( ぜんしゅう ) が結びつき、 武家 ( ぶけ ) 社会を中心に茶の湯が発達しました。その頃の菓子は、木の実、アワビ、 松茸 ( まつたけ ) の煮物、 味噌 ( みそ ) を付けた 餅 ( もち ) 、焼き 栗 ( ぐり ) などが用いられました。

安土 ( あづち ) 桃山 ( ももやま ) 時代 以降 ( いこう ) に 砂糖 ( さとう ) が多く使われるようになりました。ただ、まだ 特殊 ( とくしゅ ) 階級 ( かいきゅう ) だけのもので、一般的ではありませんでした。江戸時代に入り、和菓子も完成されました。 200 種の蒸し菓子、干菓子、 飴 ( あめ ) 今の菓子の図示と製法が 記 ( しる ) され、今日の和菓子の基本はほとんど完成されました。しかし、砂糖はまだまだ 貴重品 ( きちょうひん ) で、薬屋でも売られていたとのことです。

... and lucky charms. Pics by Rob Kennedy

江戸後期になり、ようやく庶民も菓子を楽しめるようになっていくのです。この頃四国の 和三 ( かずみ ) 盆 ( ぼん ) 糖 ( とう ) が誕生しました。さとうきびの 栽培 ( さいばい ) が始まり、 製糖 ( せいとう ) も盛んになっていきました。 土産 ( どさん ) 菓子が作られ始めました。

明治時代になり、工業や生活様式も西欧化していき、多売主義が発生するとともに洋菓子と 並売 ( へいばい ) する菓子屋も増えていきました。

大正、昭和時代には全国で和菓子も定着していきました。また、和菓子屋から、洋菓子屋へ 変更 ( へんこう ) する店も出てきました。不幸なことに、第二次世界大戦中は、砂糖も手に入らなくなり、 閉店 ( へいてん ) 状態の店がほとんどになりました。

その後、砂糖の 配給 ( はいきゅう ) 制度 ( せいど ) を経て、昭和 20 年後半には、 平静 ( へいせい ) を取り戻し、茶道の一般化とともに茶菓子も広く知られるようになり、今日に 至 ( いた ) っています。

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