SOAS University of London

SOAS Language Centre

Projects by students of Higher Advanced Japanese 2005: Abigail Rayfield

いのうえ だいすけ 音楽家・発明者

アビー

 

皆が知っているのは、いのうえだいすけ氏の名前よりも、彼の創造した物だと思う。都会でも、田舎でも、会社同僚や友達と一緒に、日本の空が暗くなるといのうえ氏のおかげで普通の人が憧れている歌手のようにやっとなることができる。というのは、いのうえ氏は、カラオケの発明家だったからだ。お金持ちな人に違いない…と思うが、いのうえ氏はカラオケに特許を取得しなかったことから、今日では一円も儲けていないのだ。

いのうえだいすけ市は1940年5月10日に大阪の西宮に生まれ、音楽に興味を持つようになったのは16歳ぐらいのころだった。バンドのドラマーになったのは「ドラムは打つことしかないから」といのうえ氏はいった。実業専門学校で勉強している同時に、アメリカ兵に残されたダンスホールでハワイ音楽を演奏していた。でも、いのうえ氏は下手すぎて、卒業後、バンド員に頼まれてバンド営業の方に向けた。バンドのほとんどの仕事は神戸のクラブで、演歌を歌いたがるサラリーマンの伴奏をしていることだった。いのうえ氏もバンドに出たが、「神戸市のクラブ音楽家の108人の中で、一番下手なのは私だった」と言った。それなのに、一人の鋼鉄会社の社長が「いのうえ氏が伴奏しなければ歌えないのだ」と感じて、いのうえ氏を出張に誘った。行くことはできなかったが、その代わりに伴奏のテープを渡して、実にいないのに料金をもらった。その日、「カラオケ」は生まれた。

そして、いのうえ氏と友達はテープを使用するカラオケ機器を11個作り、バーやパブに貸してくれた。人気になったきっかけでカラオケの着想は大会社に取られ、いのうえ達はまた新しいものに注目した。「僕って、カラオケの実の親だ。しかし、僕はそれを見捨てたのだ」といのうえ氏は白状した。

今、いのうえ氏は故郷の大阪郊外に住み、小会社をやっている。最近のプロジェクトについて興奮している。今の夢は、ペットを飼っている人を、ペットの世話し方をよくするために、養成することだ、

私は、日本へ行く前、カラオケをしたことがなく、したいこともなかった。東京に到着してから二日目のよる、カラオケに行って見た。声が最低でも楽しくて3年半マイクと離れなかった。こんなにおもしろいことを発明した人の名前をせめて知りたいと思った。

アビゲール

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