SOAS University of London

SOAS Language Centre

Projects by students of Higher Advanced Japanese 2005: Ruselle Meade

黒澤 明 - 映画監督


映画界の巨匠として世界の国々で知られている日本人を紹介する。黒澤明は歴史上最も優れた監督の一人だろう。黒澤監督のおかげで日本映画は世界に認められるようになったと思う。多作の監督で生涯で30本以上の映画を出品し、その中に「羅生門」、「七人の侍」や「影武者」のような傑作と認められる作品がたくさんある。

黒澤氏は 1910 年(明治43 )東京の現在の品川区に生まれた。四男四女の末っ子だった。1936 年(昭和11 )に26 歳の時PCL 映画制作所に入社して、2 年の間サード助監督をつとめた。1938 年の「エノケンのびっくり人生」ではチーフ助監督を初めてつとめ、その翌年初脚本として「水野十郎在衛門」を執筆。第二次戦争最中の1943 年初監督作品の「姿三四郎」が公開された。この作品に続き1944 年に「一番美しく」と「続姿三四郎」が公開され、同年矢口陽子と結婚した。終戦前後に撮影された「虎の尾を踏む男達」が1945 年にGHQ により公開禁止となったがやっと1952 年に公開となった。1946 年から1965 まで毎年(1947 ,1953 を除き)作品を出した。1965 以降脚本の執筆と映画監督を続けたが以前のように1 年に1本か2 本の映画を出すのをやめた。1971 年に自殺を図ったが、晩年にも名作、1975 年の「乱」と1980 年の「影武者」を出品した。

「羅生門」は日本の映画を世界に紹介した傑作だろう。 1951 年ヴェネチア国際映画金獅子を受賞し、1952 年にも第24 回アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した。羅生門は黒澤監督の11 番目の作品で芥川龍之介の短編の「藪の中」をもとに映画化したものだ。妻が強姦され、夫が殺害された事件を4人が自分の立場から物語るストーリーだ。

「七人の侍」は黒澤監督の代表作品だろう。小さい田舎の村人は盗賊団に脅かされるため、盗賊団の手から守ってくれる用心棒を探し、七人の浪人に助けを求める。借りを返すために村人たちは浪人に米をあげる。この作品はヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞し、歴史上一番優秀な映画だと思う人が大勢いるだろう。

黒澤監督は 1998 年9 月6 日に死去。享年88 歳。現代の監督の多くが黒澤監督から影響を受け、今でも作品は広く観られている。日本だけではなく、世界の巨匠として思い出される。

ラッセル

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