SOAS University of London

SOAS Language Centre

Projects by students of Higher Advanced Japanese 2005: Ruselle Meade

鑑真和上

今日、日本は憲法により無宗教国であるが仏教は文化と芸術などに重要な影響を与えてきた。仏教は6-8世紀に中国から日本に渡り、広まった。これは中国の唐から来日した名僧のおかげだ。

鑑真は688年に中国の江陽県で生まれ、13歳の時弟子として大明時に入った。20歳の時、修行のために唐の都の長安にでて、6年後里に戻った。医学の達人でもある鑑真は大明時で悲田院という病院を設立した。大明時での活躍により広く知られるようになり、僧の中でも最高の位にたった。742年に入唐僧の日本人が鑑真に日本人に正しい仏教を伝えるように頼んだ。これに応え、鑑真が渡海を決意した。最初の日本行きの挑戦はいろいろな災難に遭って、失敗に終わった。それに続いた2,3,4回目の渡海挑戦も政府に禁止されたり、海賊や暴風雨に遭ったりして失敗した。748年の挑戦は成功するようにみえたが船が暴風のせいで海南島に流されてしまった。里に戻るのに3年もかかったのだ。戻る途中、感染により目が見えなくなった。

753年にやっと日本への渡海に成功し、九州の鹿児島に上陸した。その翌年の春、当時の都があった奈良に入り、天皇に歓迎された。758年に大和上の位に就いた。朝廷の保護により唐招提寺を759年奈良に創建し、仏舎利,律などを教えた。唐招提寺の鑑真和上の肖像彫刻は日本の最古肖像彫刻とみられ、重要文化財だ。唐招提寺は20世紀に世界遺産に登録された。

私が来日したばかりのころ鑑真和上をテーマとした展示会を見に行った。鑑真についてあまり学んでいなかったので、わけもわからない漢文ばかりが並んでいて、がっかりして帰った。しかし、日本史の勉強で鑑真和上のことが何回もでて日本の文化に大きな影響を与えたことがわかり、興味を持つようになった。鎌倉の大仏を見に行き、日光の東照宮も訪れたが唐招提寺を訪問しなかったことが残念だ。是非いつか訪れたいと思う。

(ラッセル)

 

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