SOAS University of London

SOAS Language Centre

Katakana Words

Daniel McDonald
片仮名言葉
マクドナルド ダン Daniel McDonald
Lower Advanced Japanese
かえって分かりにくい?

科学、工学、芸術、広告など、どんな方面においても、私たちは片仮名言葉に囲まれているということは否定できない。この現象は専門家や一般人にも、ますます批判されている。確かに、便利で適切な利用があり、これまで存在しなかった物、つまり外国の観念を説明するために、片仮名は必要である。しかし、それ以外は過分で無意味だと考えられるのではないだろうか。

それに対して、漢字の代わりに片仮名言葉を使うと、ある新しい価値観や考え方が示せると主張している人もいる。けれども、片仮名がどのようにそれほど具体的に伝わるのか、あいまいである。片仮名は漢字と違って、見ることによって明確な考えを伝えられない。全く、片仮名は普通、外国語から作られているのにもかかわらず、根本、たとえば、英語のラテン根本がない。即ち、その言葉の持つ本来の意味を表していないのである。初めて、片仮名言葉を聞いた時、音だけに頼らざるを得ないのだから、全く、困ってしまう。一般的に、片仮名言葉には、本来の言葉よりもっと広い意味が付いているにちがいない。「セクハラ」という言葉は代表的な例として考えられる。どんな状況でも英語の言葉は明確で法律上の意味があるのだが、それに対して、そういった片仮名言葉は辞書の境界を理解するのは無理だと言ってもよい。

言うまでもなく、そのような言葉は情報交換をしやすくするどころか、誤解を招く一方なのである。その代わりに和製漢字が使われるべきだろう。漢字で価値観や考え方が正確に伝えられるのである。疑いなく、片仮名と比べると漢字はあまりかっこよくないが一番大切な点は情報交換の効率ではないだろうか。

このように必要ではない片仮名言葉を使うことはナンセンスと思える。

Project Links

Next: Japanese Experience    Project Index