SOAS University of London

SOAS Language Centre

Projects by students of Advanced Japanese: Peter Trevor

プロスペクト・コッテージ

 

デレク・ジャーマンという画家は1986年12月「私はエイズに感染した」と発表して、報道界を大騒ぎさせた。当時エイズの原因であるウイルスに関する知識が少ないため市民は心配して、反対の声があがった。いわゆる「ホモ病」という恐ろしい病気が異性界にも及ぶ懸念を反映している新聞やラジオなどからジャーマンは批判をうけた。

ジャーマン本人は、エイズに感染したということを発表することの目的はホモセクシュアルの人の権利や社会的受諾を促すことだと明言した。しかし、ジャーマンはホモセクシュアルの人の権利を昇進させることが反対論戦を引き起こすことを予想したが、とくにタブロイド新聞の大反対姿勢が彼を驚かせた。

そのころジャーマンは父から少々の遺産を継いだ。ジャーマンは圧力を感じるロンドンから避難するため、この遺産を使って「プロスペクト・コッテージ」という南海峡に面しているドンジネッス所有地に位置する家を買った。そこでジャーマンは子供のころ愛した庭弄りをまた始めた。そして病気に対策を講じるための薬園を計画して作った。

ドンジネッス地方はイギリスの唯一の砂漠で、イギリスで年中最も太陽に照り付けられて、もっとも低い雨量を記録している所である。地面はほぼ平面で、水をすぐ吸収する厚い(やく10m)シングルという小石層で成り立っている。

植物は大変植えにくく小石でできた土壌に、ジャーマンは数々の大きな穴を掘ってそこに土を入れ、植物を植える作業が必要であった。それに、ドンジネッスは特別保護指定地域で、植えることができる植物の種類に限りがあった。

植物のほか、ジャーマンは花壇やたくさんの像を流木から作った。この結合は周りの荒涼とした景色と大変大きな対照を作って注目を集め、庭は有名になった。

ジャーマンは1994年に死んだ。短い間住んでいたドンジネッスは映画のインスピレーションになったが、薬園としては役に立たなかった。時が経つに連れて庭はだんだん崩れてしまって荒れ野に戻りつつある。現在、冬の日、プロスペクト・コッテージは寒い風を巻き込んで寂しい印象を与える(ピーター・トレバー)。

Japanese Advanced 2007 Students' Projects